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茶道具よしの園のブログ

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2012年 10月 22日

坂本繁二郎生家での茶会

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先日、10月22日に坂本繁二郎生家でのお茶会が行われました。お席は2席で、裏千家と日本茶道のお席でした。お席担当の皆様方ありがとうございました。

【坂本繁二郎】
(1882―1969)

洋画家。明治15年3月2日、久留米(くるめ)市に旧有馬藩士の子として生まれる。高等小学校時代に森三美(みよし)について洋画を学ぶが、同級生に青木繁(しげる)がいた。1902年(明治35)上京して小山(こやま)正太郎の不同舎に入門、翌年新設の太平洋画会研究所に学び、同会展覧会に出品を続ける。07年、東京府勧業博覧会に『大島の一部』を出品して三等賞牌(しょうはい)を受けるほか、同年第1回文展に出品。しばらく東京パックに入社のほか、『方寸(ほうすん)』誌の同人となる。10年第4回文展で『張り物』が褒状、第5回文展で『海岸』が三等賞を受けたが、14年(大正3)在野の二科会の創立に参加した。印象主義を徹底して試み、やがてその感覚的な限界を超えて、物の存在の本質的な追求へと歩みを進めていく。

1921~24年渡仏し、アカデミー・コラロッシに入り、『帽子を持てる女』などをサロン・ドートンヌに出品。大いに油彩技術の進歩をみるとともに、自己本来の画道への自信を深め、帰国後は上京せず郷里に定住、31年(昭和6)福岡県八女(やめ)にアトリエを構えた。昭和初めから九州各地に馬を求めて題材とし、『放牧三馬』ほか数多く制作するほか、戦時中は身辺の静物を題材としている。第二次世界大戦後は自由な無所属の立場を守り、芸術院会員に推されたが辞退し、能面などを好んで主題として瞑想(めいそう)的な東洋の近代的写実画境を深めた。『水より上がる馬』により53年度の毎日美術賞を受けた。翌年ベネチア・ビエンナーレ展に出品。56年に文化勲章、63年に朝日賞を受けた。最晩期には『幽光』など月をモチーフにした幻想的作品が少なくない。昭和44年7月14日八女市の自宅で没した。

by yoshinoen | 2012-10-22 12:02 | お茶会
2012年 10月 16日

真葛長造

皆様、こんにちは!10月に入り朝晩がだいぶ肌寒くなってきました。季節の変わり目ですので、どうぞ体調を崩さないようにしてください。
さて、本日は二人の作家を紹介したいと思います。まずはこちら
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【真葛長造】
生年: 寛政8 (1796)
没年: 嘉永4 (1851)
江戸末期の京都の代表的陶工。宮川長閑斎を祖とする楽焼の家に9代宮川長兵衛の子として生まれ,名を蝶三郎,延寿軒と号した。若いころ,岡田久太と共に青木木米の助手を勤めて陶技を磨き,独立して窯を祇園の真葛ケ原に開き,同時に姓を宮川から真葛に改めた。木米は,染付・赤絵・青磁などの磁器,三彩などの中国風を得意としたが,長造は木米の死後京焼の伝統に回帰し,野々村仁清の色絵陶器を写して一家をなした。晩年,嘉永4(1851)年に香斎と号した。その子寅之助は横浜に出て宮川香山を名乗り,明治期を代表する陶工と謳われた。
★こちらの茶碗は、金海写しです。小ぶりで味わい深い茶碗です。
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by yoshinoen | 2012-10-16 11:34 | 作家紹介
2012年 10月 16日

利茶土ミルグリム

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【利茶土ミルグリム】
1955年ニューヨーク生まれ。
大学で日本文化、歴史、美術などを勉強し、在学中の77年に初来日して日本建築、庭園などの研修に参加、
大学卒業後79年に再来日してこの際に裏千家「みどり会」に入学、同時に京都の陶芸作家岩渕重哉に師事。
以降、日本を拠点に活動して82年から84年にかけて萩焼の田原陶兵衛、備前焼の藤原雄、
美濃焼の加藤光右衛門にそれぞれ茶陶を師事、85年に独立して京都府日吉町に築窯、
裏千家家元千宗室により「利茶土窯」の窯名を受く。
86年野村美術館で作陶展、京都土橋画廊で利茶土窯初窯展を開催、
以来、京都高島屋、横浜高島屋、米子高島屋、日本橋高島屋、サンフランシスコ、ニューヨークほか各地で個展開催。

★こちらの水指は、鼠志野矢筈口水指で市松模様になっております。堂々として存在感があります。
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by yoshinoen | 2012-10-16 11:04 | 作家紹介