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カテゴリ:禅語( 9 )


2013年 06月 03日

殿閣生微涼

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建仁寺管長 竹田 益州 筆


■殿閣生微涼(でんかくびりょうをしょうず)
『全唐詩』の「夏日聯句」
唐の文宗皇帝(808~840)が「人皆苦炎熱、我愛夏日長」と起床の句を作ったのを承けて、
柳公権(りゅうこうけん)が「熏風自南來、殿閣生微涼」と転結の句を作って一篇の詩としたもの。

南から薫風が吹き、殿閣を、涼しい、心地良い空間にする、という優雅な状況。
禅語としては煩悩妄想を消し、分別執着の垢を払い、清涼そのものの境地を表現したもので、悟りの境地にほかならないと言えます。

by yoshinoen | 2013-06-03 19:10 | 禅語
2013年 05月 24日

坐看雲起時

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明道 筆

■坐看雲起時(ざしてはみるくものおこるとき)   唐の王維「終南別業」(三体詩)より

行到水窮處(ゆいてはいたるみずのきわむるところ) 
坐看雲起時(ざしてはみるくものおこるとき)
ふらりと流れの尽きるところまで歩き、腰を下ろして無心に雲を眺める様子。
自然と一体化した境涯。

by yoshinoen | 2013-05-24 17:32 | 禅語
2013年 05月 18日

青松

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有馬 賴底 筆

■青松(せいしょう)… 青々した葉をしている松の木のこと

■有馬 賴底(ありま らいてい 1933年 - ) 現代の禅僧。臨済宗相国寺派管長。
 初名は有馬永頼。道号及び現在の戸籍名は頼底。法諱は承黙。大龍窟とも号する。
 久留米藩主有馬家(赤松氏流)の子孫。


久留米にゆかりのある有馬賴底猊下の講演会が、本日、マリターレ創世 久留米にて行われました。
「久留米有馬大龍会」を発足しており、ご多忙の中、毎年お越しいただいております。
貴重なお話が聞け有意義な時間でした。

by yoshinoen | 2013-05-18 18:06 | 禅語
2013年 05月 11日

葉々起清風

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葉々起清風  有馬賴底 筆


■葉々起清風(ようようせいふうを起こす)
林に一陣の風が吹き渡り、葉々がさやさやと音をなす様やその心境。
自然の清々しい風光を味わう語。

『虚堂録』の一節。
誰知三隱寂寥中(誰か知らん三隠寂寥の中)
因話尋盟別鷲峰(話に因って盟を尋いで鷲峰に別れんとす)
相送当門有脩竹(相送りて門に当たれば脩竹あり)
為君葉々起清風(君が為に葉々清風を起こす)

虚堂和尚の元へかつての弟子や仲間だった三人の道友がこれから遥か遠い天台山の国清寺にある三隠(寒山、拾得、豊干 の三人の優れた禅者)の遺跡を訪ねんと言い、その旅立の前に別れに来た。別れ難く門のところまで見送りに出てきたら、脩竹の一葉一葉までもがさらさらと音をなして、別れを惜しむかのようにさわめき清風を送ってくれている。
「君が為葉々清風を起こす」は清々しい出合いと別れを味わう語。

by yoshinoen | 2013-05-11 11:55 | 禅語
2013年 05月 03日

山是山水是水

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大徳寺塔頭 興臨院 福代洋道 筆

山是山水是水(山は是れ山、水は是れ水)
悟りに至らない段階では当然のことながら山は山、水は水にしか見えない。
しかし、無我の三昧を体得して本来無一物の境地に至ると一切が無差別平等となり、
山は山でなく、水も水でなくなってしまう。ところが、さらに修行が深まって悟りの心
さえも消え去ってしまうと、山が山として水が水として新鮮に蘇ってくる。 

by yoshinoen | 2013-05-03 18:07 | 禅語
2013年 04月 08日

江上開瑞雲

4月に入り、今日が入学式の所も多いのではないでしょうか。
また、新しいスーツに身を包み歩いている姿も良く見かけます。
これから新緑が綺麗な季節になりますね。
なんだか気持ちが明るくなってきます。

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 江上開瑞雲   雪窓 筆

 ■江上開瑞雲(こうじょうにずいうんひらく)
河の上空に奇瑞をあらわす瑞雲がたちこめる、というめでたい句。
無心に存在する河と時と共に突然わき起こった瑞雲は人為的世界の外にある幸運の訪れを意味する。
*奇瑞…めでたいことの前兆として起こる不思議な現象。瑞相(ずいそう)。吉兆。

【小田雪窓】
臨済宗の僧。大徳寺五百六世。姓は小田、雪窓は道号、諱は宗甫、室号は蔵暉。五百三世後藤瑞巌の法を嗣ぐ。僧堂師家となり、昭和30年十一代管長に就任、のち開堂した。龍翔寺に住した。昭和41年(1966)寂、65才。

by yoshinoen | 2013-04-08 16:29 | 禅語
2013年 03月 24日

春風吹又生

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今日は春の軸のご紹介です。

「春風吹又生」(春風吹いてまた生ず)  小堀卓巌 筆


野火焼不尽(やびやけどもつきず)
春風吹又生(しゅんぷうふきてまたしょうず)

冬に枯れた草を野火が焼き尽くしてもその根まで尽きることはなく
春風が吹き始めるとまた芽生えてくる。
煩悩を消しつくしたつもりでも心にまだその残りが有るため
再び現れてくる、煩悩に打ち勝つことの困難さを示した句であるが
本来は悲しみの心が尽きないことを嘆いた白居易の詩の1節。

禅語の意味としては奥深いですが、
“春になればまた生えてくる” ということで
今の時期にぴったりな軸です。

by yoshinoen | 2013-03-24 18:16 | 禅語
2011年 12月 28日

冬峰秀孤松

本日は、こちらの禅語を紹介します!
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冬峰秀孤松 【とうほうこしょうにひいず】 明道筆
唐の詩人「陶淵明」の四時詩の中の冬の情景を描いた句。冬の酷寒にあって、山上のほとんどの木が葉を落としても、一本の松樹だけが変わらず青々とした緑を保って超然と佇んでいる。白い雪と冬枯れの木立の中にあって一点の緑が鮮やかに映えるさま。時代が移り変わっても変わることのない真理にたとえる。また、私利私欲の泥にまみれた俗世にあって、それに染まることなく確固とした悟りの心を堅持する修行者のすがたや、周囲の環境に振り回されず飄然としている禅者の孤高の境地などにたとえられる。

by yoshinoen | 2011-12-28 10:40 | 禅語
2011年 12月 22日

閑居多幽情

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【閑居多幽情】かんきょゆうじょうおおし
閑なくらしには幽邃で高雅な想いが多いものである。静寂枯淡なすまいは、何ものにもさまたげられることなく清澄で、いかなる音も見逃すことなく、在る時には「鳥啼いて山更に幽かなり」と楽しみ、在る時には「一鳥啼かず山更に幽かなり」と享受して、誠に幽情多しである。

後藤瑞巌 ごとう-ずいがん
1879-1965 明治-昭和時代の僧。
明治12年10月18日生まれ。臨済(りんざい)宗。鎌倉円覚寺の釈宗活(しゃく-そうかつ)に師事後,渡米して布教にあたる。大正3年朝鮮の妙心寺派の布教監督となる。のち岐阜県円成寺住持などをへて,妙心寺派管長,大徳寺派管長をつとめた。昭和40年3月20日死去。85歳。岐阜県出身。東京帝大卒。法名は宗碩。

by yoshinoen | 2011-12-22 11:49 | 禅語